川崎簡易裁判所 昭和44年(ろ)31号 判決 1969年6月18日
被告人 井上克彦
昭八・七・五生 自動車運転者
主文
本件公訴を棄却する。
理由
本件公訴事実は「被告人は昭和四三年八月一日午後一一時四五分頃川崎市藤崎町三丁目九一番地先附近道路において信号機の表示する止まれの信号に従わないで事業用普通乗用自動車を運転通行したものである」とし道路交通法第四条第二項、第一一九条第一項第一号に該当するというのである。
ところで右公訴事実が道路交通法にいう反則行為に属することは明白であつて被告人に、もしかかる反則行為があるとするならば同法第一二六条第一項各号に該当する例外の場合を除き反則者として道路交通法所定の告知及び通告を必要とするところ、被告人に対する右告知及び通告のなされていないことは記録上明白である。
そこで本件が右告知及び通告を要しない例外の場合にあたるかどうかを検討するに記録中の捜査報告書運転免許証の謄本現行犯人逮捕手続書並びに被告人及び証人武井輝成同岸雄一の当公判廷における各供述その他記録に現われた諸資料を綜合すると被告人が昭和四三年八月一日警察官により逮捕された時点においてはその氏名住居が明らかでなく逃亡するおそれがあるという理由で現行犯として逮捕されたものであるがその後の警察における取調によつてその氏名、居所は明白となり身柄引受人も明らかになつたので翌二日釈放されたことが認められるのでありかつ釈放時点においてはもはや逃亡のおそれはなくなつたと認定することができるのである。
かように警察官において一応反則行為ありと認めその者を現行犯として逮捕した時点にあつてはその者の居所氏名が明らかでなく逃亡するおそれがあつたとしてもその後の警察における一連の取調によりその者につき右の事由が消滅するに至るときは道路交通法第一二六条第一項各号に該当する例外事由がないものとして所定の告知を必要とし警察官は少くとも釈放と同時又は釈放後すみやかにその者に対し右告知をなすべきものと解するのを正当とする。蓋し道路交通法違反の所為を反則行為と非反則行為とに分ち簡易迅速にかつ事案の軽重に応じて合理的に処理する配慮の下に反則者の利益と便宜を主眼として刑事手続によらない告知通告による反則手続の制度が設けられた法の精神に照し右の如く解釈するのが妥当であるからである。
以上説示するところにより本件につき被告人に道路交通法所定の告知通告を経ずして公訴の提起がなされたのは同法第一三〇条に違反したものというべく結局本件公訴提起はその規定に違反したものであつて刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴を棄却すべきものとし主文のとおり判決する。